「わたしはあなたとともにいる。これがあなたのためのしるしである。わたしがあなたを遣わすのだ」出エジプト3:12

 

 羊飼いのモーセが、突然主から、パロのもとに遣わす、イスラエルの民をエジプトから連れ出せと言われる。突如の難題に会う時、誰でも多大な恐れと不安に襲われる。モーセは、なぜ自分が、そんな事をしなければならないのかと。モーセは今や80歳であり、以前40歳の時に、民を救出しようとして失敗し、懲りている。

 

この年老いた者に今さら何を? 今の自分には何の能力も無く、更に身体的にも老齢だ。だが主は、今のモーセこそがふさわしいと言われる。尻込みするモーセに「わたしはあなたとともにいる。これがあなたのためのしるし」と説得して行かれる。「しるし」とは、証拠であり保証だ。主が共におられるとは、これ以上の保証は無い。

 

これが現実なら、これにまさる強みはない。これがすべてだ。私たちの信仰人生も同様だ。どんな時も主が共におられ、「わたしがあなたを遣わす」の通りだ。私たちがなすべき事を決めて、自分で行き、自分の力で成し遂げるのでは断じて無い。主が遣わされるのであり、私たちを、今いる場に遣わされている。

 

たまたま偶然そこにいるのでなく、主から遣わされて、そこにいる。その所で主からの使命があり、それをも主が成し遂げて下さる。そして主は、モーセが血気盛んで、何でも出来ると思っていた40歳の時でなく、栄誉も地位も富も人脈も、何も無い一介の羊飼いである80歳のモーセを選ばれた。無力な、ただ主にすがる者を、主は用いられる。

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偶然ではなく主が遣わされた場所だと今を見ていく時、主の恵みを数えることができる。主は遣わされる場所に必要な力も備えも整えてくださるお方だ。主に頼ろう。

 

発行 広島聖書バプテスト教会 み言葉配信係